今回は、ここ
「人間というものは、ひとりひとりがそれぞれの自分の時間をもっている。
そしてこの時間は、ほんとうに自分のものであるあいだだけ、
生きた時間でいられるんだ」
グサッとくる言葉でした。
ルサンチマン
サンドイッチマンじゃあないよ、「ルサンチマン」ね!
弱者が、力ではかなわない強者のことを悪に仕立て上げ、自分を納得させる心理のことを
ニーチェは「ルサンチマン」って呼んだんだ。
たとえば、貧しい人がお金持ちを悪だと見なすことによって精神的に有意に立とうとすることね。
多くの宗教はこの心理を布教活動に利用している。
キリスト教は、人々の心の中にあるルサンチマンを道徳という言葉に変えて正当化したので爆発的に受け入れられたのだもの・・。
「自分は可愛そうな被害者だ、今は苦しいけれど善人な僕は死んだら天国へ行ける」うん、聖書にもそう書いてある(^^)/
「金持ちが天国へ行くのはラクダが針に穴を通るのより難しい」
・・・・イエス・キリスト
よって弱者のルサンチマンによって捏造された価値観を「道徳」と呼んだキリスト教は爆発的に普及したってわけよ!
「キリスト教の道徳は奴隷の道徳だ」と言ったのはニーチェだよ。
多数決優先の「民主主義」にはこのルサンチマンの悲劇が付きまとうんだよね。
才のあるごく少数の政治家は、葬られ才のないアホな政治家が、衆愚の代表者となる。
こんなんじゃ、永遠に改革なんてできないし、発展も未来も望めない。オイラは才のある人の独裁政治で良いと思うョ。
「それは危険でしょう」って声が早速聞こえて来るけれど、衆愚政治の方が余程危険。
平和ボケってやつだよ。 「国民みんなが納得する方法で・・・」というのも詭弁だよね。
そんなのあり得ない。 十人十色だもん。
個人レベルだと、正解なんて誰もわからないんだから 自分が正解って信じたこと やりぬくしかないもんね。
正直に人と付き合っていけば いつか人の痛みも悲しみもわかるから 苦しんだら あなたもきっと わかる人になるよ。
国会でも与野党区別なく 「正義」って言葉が多く出てきている。でもさー、正義って言葉は、やたらと口に出して振りかざすものじゃあないでしょう。 自分の心の中に大切に強く秘めておくものだよ。
こどもが、「一生のお願い」「命かけるから」なんて頻用しているのと同ランクで現代社会で「正義」が使われていて、オイラはいい気はしてないよ。
オイラのクリニックには、小・中・高・大学生が同じような比率で通院してきているので、今の教育現場をちょういと、垣間見ることができる。
教育現場も混乱しているよ。
「人間にとって最も大事なのは多くを覚えることより 早く理解することより まずなにかに興味を抱き それを愛することでしょう」
この根っこの部分を ないがしろにしちゃあ、どんな弁解、大義も通用シナイって!!!
それに「人は、いつも何かの役に立ちたくて生きている」っていう、のもベースにあるんだしね。
人間というものは、ひとりひとりがそれぞれの自分の時間をもっている。
そしてこの時間は、ほんとうに自分のものであるあいだだけ、生きた時間でいられるんだ。
植物は、大きな鉢にに植え替えると、急にスクスク大きく伸びるでしょう。
アー言うの見ていると、ふと思うョね、
もしかしたら鉢に合わせて小さく生きてないかい?
って・・・・・・・・
「ルサンチマン」へのコメント
ルサンチマンは哲学用語です。 わかりずらい概念を、このように易しく噛み砕けることに感心しました。中1の娘がブログの読者です。
平和ボケの今のタイミングに なんと『スカート』する 内容
教育の原点は まず何かに興味をいだくこと これが 自分にしっかり根付いていれば 後は 苦労も苦にならない。
個々人の生きている 時間は 統計では表せないもの
統計の数字は 行政が長期計画にせいぜい役立だてるものでしかない 統計に騙され XX年までは命はあるなんて のんびりしている場合ではないと思う 興味のあることを時間のある限り やった人生は きっとすがしいだろうと 予想される。
いい話 ありがとうございます
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カテゴリー:院長ブログ 投稿日:2015年6月2日
SYのさゆりです。今朝の内容は わたしにはムズカシイかんじです。でも、3回読んだらだんだん分かってきました。 奥が深いです。 あと3回は読み込んでみます。