それでも、それは前進だから・・・・

それでも、それは前進だから・・・・

yjimage.jpeg今日はオイラがとても大切にしている話しをだすね。
 くじけそうに成る時に必ずフラッシュライトのように、オイラの脳裏に点滅する話だよ。
 結果なんて直ぐにでるもんじゃあないんだ
ちょっと長いけど聞いてね!

ヘレンは、1才9ヶ月で「見る」「聞く」「話す」のそのすべてがでjきなくなってしまった。かわいい赤ちゃんが、いきなり地獄、音も光もない暗黒の世界に突き落とされてしまったんだ。
  そんな状況でヘレンは自暴自棄に成り、手のつけられない少女となってyjimage-2.jpegしまった。 
そしてヘレンが7才のときに家庭教師にやってきたのが22才のサリヴァン先生だった。

  もしオイラが死ぬ前に1日だけ、《オイラが望む歴史上の人物に会える》という魔法があったらね、
『午前中にアインシュタイン博士に逢って、午後にはサリヴァン先生と逢えますように!』と願うと思う。

オイラはかねてから、「未来を創るのは教育だ」という確信をもっているyjimage-1.jpegから、サリヴァン先生をこころから尊敬しているんだ。  
教育って偉大だよ。

サリヴァン先生のお母さんは彼女が8才のときに亡くなっている。
酒浸りにお父さんは行方不明になってしまう。
彼女は弟と一緒に孤児院にいれられる。
極貧の中で弟は体を壊し、「アニー、アニー」とサリヴァンの名前を呼びながら息を引き取った。 
サリヴァン自身、生まれつき目の障害があって、光を感じるのがやっとだった。 そしてこの状況、
 この孤独感を想像できるだろうか!?
 
 泣いても泣いても涙が溢れてくる。そんなサリヴァンの心に寄り添ってくれimage.jpegたのが、図書館での読み聞かせの時間だったんだ。 
施設育ちのサリヴァンは自分の名前すら書けなかった。
そもそも目に障害もあったしね。

 「いつか自分で、本が読めるようになりたい、目が見えなければ点字でもいい。そのために、どうしても学校へ行きたい」・・・・・

 この心からの願いが、州を動かし、アン・サリヴァンは14才で盲学校に入学できたんだ。 扉は開いた。  朝fh_22.jpgも昼も夜も勉強し続ける彼女は1年後には首席になった。
そうなると、世の中援助の手はさしのべられるもので、目の手術も受けることができたんだ。

アン・サリヴァンもひとりぼっちの暗躍から光をつかんだ。
だからヘレンの苦しみがよくわかっていたんだ。
サリヴァン先生とヘレンの苦悩と愛情の壮絶な記録はこのオイラブログで書き切れるワケもないので、映画「奇跡の人」でも観てくださいな。
 (因みに’奇跡の人’とはヘレンでなく、サリヴァン先生の事だよ)

やがてヘレンも学問の大切さを痛感し、17才でハーバード大学を目指す。
やるからには、最高の教育を受けたいから・・無論、周囲は、バカげていると冷ややかだった。 なにもハーバードでなくてもと・・ハーバードは当時も世界最高峰だったんだ。

しかも、目も耳も、口も不自由な人で大学を卒業した例はそyjimage-6.jpegれまでに1例たりとも無かったんだ。 でも世界に1例も前例がないことなんてあきらめる理由にならない。どこを志望しようが、それは他人が決めることではない。  

ヘレンは準備のためケンブリッジ市の女学校に入学。
サリヴァンも帯同し、教師の教えることをひと言も漏らさずにすべて指文字でヘレンに伝えたんだ。
 入学試験は、英語、歴史、フランス語、ドイツ語など15科目。ヘレンと一緒に勉強してきたサリヴァンは疲労で倒れてしまう。それでもヘレンを支え続け、ヘレンも寝ずにがんばる。 
先生のためにも・・・ここでなんとか、一歩前に出なくては・・・
点字本を読むための指yjimage-7.jpegからは血が噴き出していた。
 
合格発表の日・・・「見る」「聞く」「話す」その全てを奪われて、そこからふたりでここまで来た。
サリヴァンは万感の思いでヘレンと掲示板の下にいた。
 
ヘレン・ケラーの名前はちゃんと印字されていた。
サリヴァンはヘレンをきつくきつく抱きしめた。涙、流るる ままに・・
 
このシーンは今でも想像するだけでもオイラを熱くするよ。

yjimage-8.jpeg入学後も、サリヴァンがいつも寄り添い、講義を指話によってヘレンに伝え、力を合わせて大学の全課程を終えた。
そして、 2人の人生はここからまた始
まったことは世界中が知っている通りだよ。

70才で生涯を終えたサリヴァン先生の最後のことば・・

「神様、ありがとうございました。私が死んだあとも、どうかヘレンが、私なしで生きていけるようにお守り下さい」

ヘレンのサリヴァン先生への追悼のことば・・
image-4.jpeg「私は小さい頃、本当にわがままな子でした。大学に入ってからも、まだ自分の事だけを考えていました。でもサリヴァン先生はそうではありません。先生は私のためにすべてを捧げてくださった。私は人を愛することの素晴らしさを先生から教わりました。
先生をお手本にして生きていきます」

「体の不自由な人の苦しみは、体の不自由な人間にしかわかりません。障害は不便です。でも不幸ではありません。

私はそうした人image-3.jpegたちが少しでも明るい気持ちを持ち、幸せな社会を創るために一生を捧げます」

もしもこの世が喜びばかりならば、
人は決して勇気と忍耐を学ばないでしょう
・・・ヘレン・ケラー

 暗躍の中、1日1ミリも進まない前進、
それでもそれは前進だから、希望に溢れています
・・・・・・・アン・サリヴァン

「それでも、それは前進だから・・・・」へのコメント

知っているが 何度聴かされても新鮮な素晴らしい話 有難う。
オイラ自身が 大切な何かを忘れては、いないだろうかと 静かに自身の心との対話をする一時をもてた。
 答えは、実行あるのみ。
苦しみの中にある人こそ 先に光が 明るい時代があることを誰よりも知っているのだろう。
心を開き 理解してくれる 人に聞いてもらうことは 大切な事
解決は 矢張り 本人の決意と実行しかないと思う。
オイラも今悩んでいる事があるのだが その解決方法を 教えられた 今日の 師匠のブログ。 実行します!

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カテゴリー:院長ブログ  投稿日:2014年6月18日

         

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