悲しみを超えて・・・
「えみる」と言う名は、『笑顔が満ちる子』という願いのもとに付けられた。 「ムダに明るいくらいの方がいい」って言うのが
両親、風見しんごさん夫婦の想いだったと言う。
風見しんごさんの長女えみるちゃん(享年10歳)が、登校途中の自宅近くで、突然の交通事故によって亡くなってから5年が、たった。
えみるちゃんはダンスが得意で、将来はトップダンサーになりたいっ
て言う夢があったんだ。 オイラは偶然に、この恩愛の記『えみるの赤いランドセル』を知ったのだけど、とても、気持ちの入った本なんだ。
以来、風見さんをTVで見かけると気にかける様になっていたんだ。 いつも発言の中核には,
えみるちゃんのことがあって、とても痛い。 それでいて、しっかりと、前を見ている。
風見さんと妻の尚子さんは、愛娘の死を受け入れながらも、一方で、その死を認めたくないという現実に戸惑い、なかなか、時を超えることができず、あの日で、時は止まってしまっていた。
芸能界一の子煩悩だと有名だったくらいだし、
そもそも親なら、無理もないんだ。 よくわかるよ。
その風見さんと尚子さんが初めて、一歩を、踏み出すきっかけになったのは、事故から、だいぶ時間がたった時の、3歳の二女、ふみねちゃんの言
葉だったんだ。 オイラも、このエピソードには、かなりグッときたよ。
3歳なんだよ、、まだ、ふみねちゃん。
あるとき、仕事の関係者が風見さんの家に来たときの事だった。
「きみが、妹のふみねちゃんだね」 『ううん、ちがう、えみるだよ』
「えっ、えみるちゃん?」 そのやりとりを聞いていた風間さんは、
どうしたんだろうって不思議に思って、ふみねちゃんに「 どうしたの、ふみねはふみねでしょう・・」 って_・・・・ そうしたらね ふみねちゃんが、こう言うん
だ。
『わたし、きょうからえみるなんだ。 えみるがいなくなってから、大人は泣いてばかり、だから、きょうから、わたし、えみるなんだ。』
『わたし、えみるになってあげる。だから、大人の人たち、もう泣かないで・・』
風見さんは、ふみねちゃんを強く強く抱きしめながら「こんな小さな子に、そこまで言わせるか」と、涙を抑えることができなかった。
どんなに辛くても、生きていくしかないんだ。 なに止まっているんだ。もう一度、立つんだ。もう一度・・・
そして、悲しみを超える方法として選んだのが、交通事故の悲惨さを、たくさんの人に伝えていくこと
だった。命の尊さ、無償の愛の重さを訴えることによって、交通事故死を少しでも減らすこをライフワークとして、取り組んでいくって決意を固めたんだ。
今年の2月22日には、風見さんがえみるちゃんへの想いを綴り、その悲しみを乗り越えようとする「ゆるら」と言う曲がリリースされたんだ。 作詞は風見さん自身。
詩の後半が、特に心を揺さぶるよ。
【一番聞きたいこと、
僕の涙が君の邪魔をしていませんか?
当たり前の日々が、
ただそこに君がいてくれると言うことが、
どんなに奇跡だったか、
君がおしえてくれたから
転んでも前を向いて歩く
涙が強さに変わるって
君が教えてくれたから・・】
オイラ思うンだ・・・・
人間は一度別れて再び逢えるなんて、思う方が間違い。
再び逢えないって、思う方が正しい。 ・・・と。
さよならを言えるだけでも、幸せさ、
またね、なんて言えたら、もっと幸せじゃん。
久しぶりだね、なんぞ、言えようものなら、もう最高に幸せだ!!!
「悲しみを超えて・・・」へのコメント
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カテゴリー:院長ブログ 投稿日:2012年4月11日
親より先に子供に死なれたら! しかも突然に。
家庭内で悲しみを隠すことなんて出来ないけれど
残された方の子供は どうすれば 自分の大好きな両親が元気になってくれるのか
観察しており 『私がかわりになってあげるから 大人の人たちもう泣かないで』 とーーーー。
この子は 凄いよね。
死は誰にでも来る 事象だけれど 何時までも 何時までも 引きずるものなんだよ。
吹ききれるきっかけは 意外な 本当に意外な事で 変われる。
どんなに辛くても、生きていくしかないんだ。
なに止まっているんだ。もう一度、立つんだ。
判っていても 気持ちが吹っ切れないもの。
明日をも 生きるためには これしかないのかもしれないが?
昨日のニュースで T学園の生徒の自死事件が 報道されていたけれど
大人から見れば『こんなことで』と思うことも 思春期の子供には
親しい友とクラスが別になる事は心を引き裂かれる事だったんだろうな
強く生きようよ。
たった 一回きりの夢ある自分の人生だもの。