続 分水嶺
「自信があるヤツより、イッちゃてるヤツの方が、
強い。」 っていうのが、その時掴んだこと。
解説すると、完全に勘違いしているヤツの方が強いってことだ。
この「勘違い」にはとても、深く、悠久の意味合いがあるんだ。
どんな実力者に出会っても、動揺しないほど勘違いを続けられるのであれば、それは、本物で、 「別の意味で勘違い」しているのは、
オタクの方でしょう! って事になる。
誰がなんと言おうと、雪が降ろうが、槍が降ろうが、ぶれない。
狂気のさたで上等!
理では最後の一線、そう,死線は越えられない。
ならば、とんでも無い方向から、ジャンプするしかないね!。
そもそも、びびって逃げ回る者に・・・女神が微笑むはずもない。
死ぬことを決意する。そうすれば道は、いきなり開かれる。
この一線から逃げるくらいなら、死んだ方が、マシ! と、咆哮。
一度逃げると、死ぬまで、追われ続ける。
不思議だか,これには例外がないんだ。
より巨大な追ッ手となって、逃げ手を喰い尽くす。
役人と言うのは「前例がないので認められない」と言うのが口癖なのか、実はオウムさんなのか、本当に、同じ土俵にならない。
彼らも、オイラを,同じ土俵に、のせたいようなんだけど、どっこいそうはいかない。
何せ、オイラはイッチャってるんだ。(T_T)
オタクらの、時代に全くそぐわない不変のルールは受け入れられない。
ここで、譲れば、オイラは、自分に失望する。生きていると言えない。
詳しくは、割愛するけど、 結局,先月末に4年ぶりに決着して、
「せんせーが、そこまで一貫しているのなら、仕方ないですね。わかりました。いいでしょう。」
ということになったよ。
当たり前だよ・・張ってるものが、ちがうんだ・・
4年前に、その件で”いの一番”に、応援に来てくれたツカちゃんから、
今回、こんなひと言をもらったんだ。 「キーちゃん もってるねー」 って!
ずっと、オイラの闘いを見ていた上での言葉だったから・・・
このことで、鍛えられたおかげで、「力んで決断せず淡々と決断できるようになった」
そして、遅い決断は、どんなに正しくても、すべて不正解であるってことも、学んだよ。
決断ってヤツは、その決断に時間をかければかけるほど
「やっぱりやめておくか」ってことになる。
オイラが思うに、どうも人間ってヤツは迷う時間が長ければ長いほど、
最終的に現状維持を選ぶという、DNAが組み込まれているじゃあないかって思うョ。
おまけに言うと、「検討しときます」って、言うのが口癖の人に、仕事ができる人は皆無だ。
少なくても、オイラは出会ったことがないな。
「どちらでもいい」というのが口癖の人・・・「別にどちらでもいい」って言いながら、死ぬまで決断することから逃げ続けるってなに?
生きているといえない・・
1,決断し、2,行動すること、3,そして自分自信に打ち勝つこと、
分水嶺に照準を合わせ撃つ、
「続 分水嶺」へのコメント
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カテゴリー:院長ブログ 投稿日:2012年2月15日
自分の人生の中で 前例があることを繰り返しているようでは 生きている意味が無い。
人生の節々に 淡々と決断し その決断にしたがって行動を お越し 前に進み
また 新たな決断の必要な問題に遭遇し そこでも淡々と決断し 左へ行くか 右へ行くか 誰の責任でもなく自分の決断で 進む とにかく これと決めた道を前進する
これは、全ての 生き物に課せられた死ぬまでの 歩みだと オイラは 経験から身につけてきた。
躊躇は何の役にも立たないことも。 振り返ってみると あの時ということになり 気がつけば 堂々巡りということに 時間の無駄!
今 必要か 必要でないかが基準でなく前例がどうかで判断する人間 前例を一番大切な判断基準にし責任から逃げる(失敗すると先人の責任に出来る) 役人相手に4年が永いか 短いかは 別にして
前例で判断できる 時代は古い昔 公家の時代ならばまだしも。
「キーちゃん もってるねー」という 親友の言葉。
オイラの師匠には 確固たる信念と行動力があることを師匠の親友T先生は知っていたのだ。
応援はしても 支持はしない これこそ 最高の友達 師匠の宝物だね。