ブッタの教え
スティーブ・ジョブスが仏教徒であり、禅に傾倒していたことは、アマリにも有名だよね。
オイラもね、大学最後の夏休みに、スティーブの半生記を読んで、スッカリその気になって、スティーブと同じように
インドに行こうと計画を立てていたんだ。
結局、ミシガン大学に歯学部に大学側が、派遣してくれることになって、この話は流れたんだけどね・・・・
仏教といえば、その開祖はご存じ「ブッタ」だ。
仏教でオイラが、特に感心する教えがあるんだ。
オイラは、まあ、無宗教なんだけど、宗教自体は、とても興味があるんだ。仏教・キリスト教・イスラム教・ヒンズー教・ユダヤ教・・・世界の情勢というのは、歴史的に見ても、
「宗教の勢力争い」、であって、宗教のバックグランドを知らないと、チンプンカンプンなんだもん・・・
怪しげな新興宗教だと、『お布施をすればするほど、死後に幸せが待っている・・死後の世界は現世より、はるかに長いぞ。。』 と言うものが多いね。
ところが、ブッタは、輪廻思想に基づく「死後の世界」や
「宇宙の果ての有無」などに関して、弟子から質問されても、一切応じず沈黙を守ったんだ。
わかるはずのないことを、あれこれ考えるのは、根本的な生の苦しみを解決するために、「いま」成すべきことではないと考えたんだ。
ブッタは「解脱」をするための悟りを得て自身と同じ、仏=ブッタとなることを目的とした教えを説いて
「いま」をおこなう修行を奨励したんだね!
自分が神になることを目指している宗教は、ちょっと他では見当たらないよ。
「解脱」というと、煩悩による束縛から解き放たれて悟りを開くことなので、かなり高尚過ぎる気もする。
でも、スティーブのように、
「今日が人生最後の日だ・・と鏡にむかって自身に問いかけていくことの積み重ね」
だと、思えば、超えられない壁ではない気がするんだ。
ブッタの弟子のマールンクヤが、死後の世界について教えてくれと、ブッタに直談判に行ったときのこと・・はぐらかすようなら私は教団を去ると、強行姿勢。
ブッタは直接返答せず
「ある男が、どこからか飛んできた毒矢を射られた。ところが 男は、矢を射た奴の名前、素性、矢の材質などすべてがわかるまで、証拠保全のためこの矢を抜くな・・・・・そう言っているうちに男は毒が回って死んでしまった」
と言う、話をしたそうだ。
あくまでも、今にこの瞬間を大切にする ブッタの教えには、とても共感できるものがあるよ。
おっと、この間のOISOのトライアスロンの時の写真を
ゲットしたんだ。
プロが勝手に写真に撮って売っているんだよ。 1500円だった。全員のを撮っているんだろうね。
アクセスしたら、オイラのもあってさビックリしたよ(*^_^*)
次回は、もうちょい 色黒で格好良く撮ってもらえるよう
『修行』するさ!
「ブッタの教え」へのコメント
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カテゴリー:院長ブログ 投稿日:2011年10月9日
師匠のスティーブ・ジョブス氏への思い入れの篭ったブログ。
古来日本人の心を捕らえた宗教?教えは、武士道、神道、仏教(これも仏道だとオイラは解釈している)これらに共通するのは、何かに『すがる』のでなく
自ら苦しみの中で修行をして道を開いていく茶道、華道等と同じく己の努力修練無くして悟り、奥義に到達出来ないものに共鳴し 共感する心を持った国民だ! 到達できるかどうか、判らないけれども今日1日の中で全身全霊で努力し苦しみ楽しみ生きていく愉快さを五感で感じて日々過ごしている人生。明日死ぬかも知れないけれど、悔いの無いように過ごすことに生きがいを見出している、なんともすばらしい国民だと信じている。仏陀は、死後のことについて弟子に一言も言っていない。
OISOのトライアスロンの時の写真、一番苦しい時のものかな?
いい顔してる。